家から家に帰る

午後1時の飛行機で東京に帰ることになっている。帰る日の朝になって、ようやく山陰らしく荒れ狂った空模様となる。空のひどく高いところで、巨大な風車が旋回しているような、湿度を含んだ不穏な強風。庭の木々が、ごうごうという風に揺れる音で目が覚めた。

この2泊3日は、当初の予定には無かったことだけれど、母方の祖母の17回忌の法事に、入院中である父方の祖母のお見舞いと、祖母孝行に費やされた帰省であった。そしてあっという間に帰る日が来る。故郷への愛着がとても少ないわたしには、思い立って出掛けた観光地を去るときの気持ちとさほど変わらないのだが、やたら寂しそうな母親を見ていると、さすがにちょっと心が揺らぐ。こんなふうに別れを惜しむような顔は、わたしひとりが帰省してまた東京に戻っていった過去には見せたことがない。母は「ひとりとお別れするより、ふたりとお別れするほうが余計寂しいわ」とこぼしていたけど、わたしにはWRがついていてくれることがわかってはじめて、彼女は彼女の寂しさについて口にできるようになったのだろうな、と思えた。今までは、娘が去っていくことが寂しい自分自身よりずっと、ひとりで都会に戻っていくわたしの寂しさを寂しく思っていたゆえに、口に出せなかったのだろう。父も母も WRのことをとても気に入っている。お酒に弱いので父と酒を酌み交わすこともしないし、お喋りでもないし大したお世辞も言えないWRと、何を詳しく話したわけでもないけど、初対面からとても気に入っているのがわかる。姉も弟も祖母もそう。家族と離れて暮らすようになってからというもの、彼らの顰蹙を買うようなことしかしてこなかった自信だけはあるので、このことはひどく不思議であるし、そんなつもりではまったくないけど わたしが彼らに提供できた、今のところのさいこう安心材料であり、恩返しかもしれない。もちろんすべてはこれからはじまることで、WRもわたしも持てるものはまだ何一つなく、これから身につけなくてはならないこと、努力すべきことが山積している状態だけれど。

東京へのお土産用に 出雲蕎麦や鬼太郎梨キャラメルを購入し、帰路につく。飛行機に乗る前も、到着直後も横殴りの雨で、傘を持っていない大荷物のわたしたちは内心憂鬱だったけれど、最寄り駅から家に帰る5分間だけは奇跡的に雨が止んでた。2泊3日の帰省では「戻って来た」という感じも大してしない。出雲に居た時間の方が、一瞬の夢か幻のようだ。ベランダから見えた満天の星、こどもが描いた絵みたいにクッキリと形を現したオリオン座、あの夜の暗闇と静寂とこの場所がひとつづきの世界だとはとても信じられない。やせて、仔猫だったときの小ささに戻ってしまった、わたしのねこのりんごちゃん。りんごちゃんに会えるのもこれがさいごだったかもしれない。あと1度が2度は会えるかもしれないけれど、わからない。行列が無くなった時間を見計って、21時に美味しいカレー屋へ行った。明日からはまた仕事。早起きも 仕事も、家の用事も、また頑張って生きていく。