本の買い方

さむいあめのひ おうちのない ねこちゃんは
おなかをすかして ぶるぶると 紫陽花の下で ふるえています

あまがえるのかぞくは げんきに はねる
たのしいねたのしいねたのしいねたのしいね

ねこちゃん ねこちゃん
美しい六月の晴れた午後 ふかふかと土を踏んだ 綿毛の足も
今では 泥でよごれて濡れて すっかりぺたりとなってしまった

さむいよ くるしいよ さみしいよ さむいよ くるしいよ さみしいよ

はやく てんきになあれ

水曜日。仕事を終えて、池袋で待ち合わせ。
この日 巨大な本屋に行くにあたって、御茶ノ水でも新宿でもなく、池袋のジュンク堂でなくてはならなかったのは、かねてWRより「残り僅少本コーナーでツルゲーネフの『処女地』を発見した」、との情報を得ていたから。一週間も経っていたので、予感はしていたけれど、当然のように目当ての本は無く、がっかり。新刊文庫でさえ、うかうかしていると、数ヶ月、数週間で店頭から姿を消したりする。況や エサ箱(僅少本コーナー)をや。
でも、幸福なことに、肩を落としている暇はなかった。同じエサ箱に、チェーホフやポール・ブールジェの品切れ本を発見できたので、それらを買い物籠にうず高く積み上げ 無念を晴らす。
わたしは、断じてコレクターでも、ビブロマニアの趣味もないけど、こういう瞬間ばかりは、レコスケの気持ちがよくわかる。いや、レコスケより、「現実的にすぐに読むもの」だけをシビアに買いたいから、むしろレコガールの気持ちというべきか。

地下鉄に乗って、すみやかに神楽坂に帰還して、行きつけのハンバーガー屋で 夕食と読書。

サマセット・モーム「お菓子と麦酒」を読了。

モームの小説は、普及版・新潮文庫のネイビー×エメラルドグリーンから受ける印象がすべてという気がするけど、これはまさかの角川文庫。

通俗小説の高級品。というと失礼な言い草みたいだけど、現在と過去が交錯する物語のなかで、少年期、青年期、老年期それぞれの人間の心の機微だとか 存在が、とても精緻に描かれていて、特に 回想のなかの「16歳の少年」なんて、少なくともホールデン・コールフィールドより、ずっと魅力的とさえ思え、わたしは年に数度 あるかないかの「まっとうな、よい読後感」に包まれることに成功した。
よい読後感などまっぴらごめん、そんな物語は存在意義が不明だよ、と常々悪態をついているのに、たまに真正面からこういう実直な物語に出くわすと、それはそれで楽しい。


お菓子と麦酒 (角川文庫)

お菓子と麦酒 (角川文庫)