悪い文

ここに載せる前のひみつの下書き帖に、さっきまでひどく悪辣な文章を書き散らしていて、それはけっして誰の目にも触れないもので、わたし自身 タイプしているその最中でさえ、けっして読み返すことはないのだけれど、その悪い文章は、たとえばこんなふうに 僅かばかりでも人目に触れる期待を隠し持ちながらタイプされるどんな文章より、迷いもなく澱みもなく、確固として流麗で、そのなかでだけは、闇も光も矛盾なく混ざり合って、同時に存在することができる。その瞬間の魂の抽出物であるかのように。

ただ 感じたままに書く、というその密やかな行為だけで、もうそのあとはなにも思わないで済むし喋らないで済むし書かれないで済む。嘘をつかないで済むし猜疑しないで済むし詰問しないで済むし憎悪しないで済む。嫌にならないで済む。

白紙の上が、瞬く間に黒い文字列で埋まる。どんな言葉が降ってきたところで、どんな真実を連ねたところで、結局 僅か数分後には、人差し指ひとつで、跡形もなく消滅してしまう。

そしてわたしはさっきまでの感情に いつもさっさと別れを告げて、さっさと次に進んでしまう。身勝手なものに相伴し、弱いものの世話を焼くなんてまっぴらごめん。わたしが見るべきいいものは世界の何処にでも溢れているもの。