ムーミン谷不動産

水曜日。会社を大急ぎで飛び出して、夜7時 約束していた不動産屋へ。WRは各種の契約書に、せっせと署名をしては判を押し、わたしは 実家とのやり取りが必要な別の書類の説明を受ける。

それにしても、業界大手を中心に 数多の不動産屋がひしめき合い、日夜凌ぎを削っているというこの街の中にあって、わたしたちが選んだ不動産屋は、奇跡のように素朴でのんきな店だ。一歩店の外に踏み出ると、界隈は闇金ウシジマくん系地獄不動産お部屋探し部門大戦争、という狂騒状態なのに、その店の中だけは、ムーミン谷のような牧歌的な時間が流れている。同世代である担当者もわたしたちと相性が合うので、本来 面倒でしかない事務手続きも、面倒なだけとは感じないで済む。

帰り道、雨粒がぽつぽつ落ちてくるなか(中に入ることはできないけれど)、もう一度あたらしい家を見るために、新居の近くまで寄ってみた。複雑な路地でも何でもないのに、夜 そこを歩くのははじめてだったからだろうか?最後の曲がり角を、二人して何度も何度も曲がり間違え、なかなかあたらしい家に辿り着けない。けれど今は通い慣れないこの道も、きっとすぐに“帰り慣れた道”になって、曲がり角を何度も間違えた昨日のような日のことを、不思議に思うようになったりするのだ。「あたりまえのこと」も、状況に応じて、毎日少しずつ変化していく。そういうことを不思議に思う。

夏の夜は短い。夏休みの夜みたいに、涼しく冷えた部屋で、音楽を聴いたりスイカを食べたりビデオを観たりお喋りをして、いつまでもいつまでも、朝が来るまで起きていたいのに。こどもの頃は、夜になっても寝たくなかった。今は横になるとすぐ、眠りの世界に連れていかれる。