回線の向こうの

業務上のことだから、此処には詳しく書けないけれど、今日は朝から凄いのが来た。朝から夕方まで、ずっと。個人投資家とか、消費者とか、権利意識が必要以上に過剰になりうる相手はそりゃあ幾らでもいるのだろうけど、今日のはちょっと、日常生活では到底お目にかかれない、支離滅裂のモンスターだった。

精神医学に詳しいひとに、教えてもらいたいよ。どだい ケチをつけても無意味な場や人に、とにかく陰湿に絡んで絡んで絡み散らして、自分自身の発する語気の荒さに触発され、引き摺られ、支離滅裂 言語不明瞭の果ての果てまでエキサイトしていく人間のこと。もはや 受話器の向こうの何者かは、人間の語を発しないのだ。

この異常さだけでも何らかの病名をつけることはじゅうぶん出来そうだけど、病気というほど高尚な名も与えられない気もする。しかし、此処まで(自己の権利を主張したいはずなのに)条件反射で 当初の目的達成とは正反対の、愚かしい暴言(咆哮?)に及んでしまうとは、いったいどういう回路であろうか?人間のかたちをしたものの、もっとも醜悪な姿とは、怒りにまかせて我を忘れた、こういうことを指すのだろうか。そもそも 此処の会社と彼が告発したい会社は、同じブランドの冠がかぶさっているだけで、業種も資本もまるっきり異なる別企業であるというのに。部長を出せ、社長を出せ、こっちは携帯代払ってんだよこのやろう殺すぞてめぇ、ぶっ殺すぞ、火つけてやるよ ***の一等地に会社構えて社長居ませんじゃねぇよ馬鹿にしてんのかちくしょう殺すぞ こーろーすーぞー、てめぇらこの携帯代幾らかかってると思ってんだよ、切ったら殺すぞ電話切るとかありえねぇかんな、女じゃだめだ男だせよ社長だせ居ませんだ?ふざけんじゃねえぞ ガソリンまいてやるぞこんちくしょうこっちは連絡待ってやってんだよ人がいい気になってりゃ舐め腐りやがって、調子こいてんじゃねえぞぶっ殺すぞぶっ殺すぞ舐めてんじゃねえぞ沈めてやんよ

こうして、わたしは書き言葉の無力さを思い知る。借金取りが追い込みをかけているときの録音をテレビで聴いたことがあるけど、まさにすべてはあれあのままの、罵声でしかなく、文字の羅列なんて此処では何の意味もない。「わたし」に向けて放たれた言葉でもないし、真に受ける気は更々無くとも、左耳に吹き込まれた狂者の叫びは、ダイレクトに内臓に吸収され、わたしの胃を錐で刺すように一突きにして、確かに小さな穴を開けた。邪気が 今も身体のなかで、金属から削れた錆びみたいに、ざらざら音を立てている。

今日は もうひとつ仕事で こんな事件とはまったく別の、自分にとっての素晴らしい好機を見つけたのになあ。でも それを実現するとすれば、今 夢想している近い未来の予定のすべては、すっかり白紙に戻ってしまう。何でこんな大事なことを、わたしはこんなところに記述するんだろう。ほんとうは、今夜誰かに話したくて話したくて仕方なかったのに。話ができる相手がない。でも、今 思ったことは今思わなくては、朝になれば きっと忘れてしまう。自分の中から遠くなってしまう。身体のなかでまだ音がする、金属の厭なざらざらも、今つま先でコツンと触った、砂から顔を出しそうで出さない、ひとつのチャンスのことも。

選ばれるのを待つのではなく「わたしはこれをやってみたいの」って、今まで一度だって言えた試しがなかった。ほんとうは「いいから思ったとおりにやってみなよ」って誰かに言ってもらいたい。おやすみ。