肉を焼く・再開

会議で爆睡する。円陣に着席させられ、上司が目の前に鎮座していたというのに、午後3時の睡魔にはとても打ち勝てない。数十秒間ごとに 意識が完全に彼方へふっとび、小刻みに熟睡してしまうのだけれど、ハッとなって覚醒しても、寝てしまった自分に対する心の整理というかプライドが決着するまで なんとなく気まずくてすぐには顔が起こせない。なので、目を醒ましてもしばらくの間は、あたかも「寝てたわけじゃないですよ…わたしは会議中は いつもこんなふうに首をだらんと直角に垂らして 目と書類を3cmに接近させて、会議に集中しているのです…」というふうに装ってしまう。バレているかいないかは知らない。だけど、誰からも「寝てる」と指摘されたことはないので、バレてないと思う。そんなこんなで寝起きの誤魔化しタイムをやり過ごした末に顔を上げると、さっきまで喋っていた上司も 別のひとの話を聞きながら居眠りしていた。平日の午後3時に 眠くならないひとはいない。睡魔と格闘するのは、眠らないことより200倍は疲れる。

夜は前髪を切りに行ってから、近所の店で必要なものをちょこちょこと買いに寄って、帰宅。寄り道して帰ったので、珍しくWRのほうが先に家に帰ってきていた。ごはんがほかほかと炊かれていたので、母から送られてきた島根和牛のステーキを焼いて、キノコをバターで炒めたのを添えただけのアメリカ人のような夕食を誂える。

食後の珈琲を飲んでいるとき、WRが唐突に「ドラム叩きたい」とさえずりはじめたので、急遽23時から予約をとって、近所の練習スタジオへ。わたしも次の週末に演奏会を控えているので、(観念の末に)久しぶりにアルトサックスを引っ張り出して、ドラムとサックスというムダにアヴァンギャルドな編成で一緒にスタジオへ入る。長らく楽器から遠ざかっていたけれど、いざ吹いてみるとすごく楽しい。

9歳からはじめたサックスをわたしはずっと続けてきていて、10代の頃は友達と遊ぶことも勉強も、ぜんぶその隙間を縫いながら、お茶を濁して過ごしてしまった。それが高校2年生で部活が終了し、高校生さいごの1年間は(まったく身が入らなかったものの)受験勉強の為、という名目で、まったくサックスに触らなくなり、それでもなんとか無事に大学生になろうという春が来て、漸く1年振りにサックスに触ったとき、今まであたりまえに鳴っていた音がまったく鳴らないことに気がついて、わたしはすっかり絶望したのであった。それからは大学の先輩たちに誘われてバンドを組んだりもしたけど、落ちぶれた自分の音が聴こえることが 死ぬほど苦痛だった。しかし その時期の絶望すらも思い出せないほど遠く隔たった今はもう、あの頃 自分がどんな良い音を鳴らしていたかなんて、ぜんぜん思い出せない。離れてはじめて見えるものもある、とはよく言うけれど、ひとつ離れてみただけでは、全然わからないこともある。もはや気配も忘れるほど遠く巡り巡って、やっとあたらしく見えてくるものもあるわけだ。

ドビュッシー:管弦楽曲作品集I

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ストラヴィンスキー:火の鳥

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