チョコレートを頂戴

また一週間がはじまった。こうして、10月ももうさいごの週。鼻腔の奥のほうでは まだ 真夏の匂いも鮮明に思い出せるのに。今日という一日よりも 過ぎ去ったあとに振り返る一ヶ月のほうが、遥かに短いことが不思議。ほんの一眠りしている間に11月が去り、大好きな12月も慌しく過ぎていって、あっという間に世界が来年に変わる。

いつものように仕事を終えて いつものように夕食作り。ちょうどご飯が炊き上がった頃、WRも家に帰ってきた。この日はWRはいつものようにそわそわしないで 「もし手伝えることがあったら何でもするけど、あえてじぶんからは何もしない!」とおもむろに宣言したと思うと、テーブルの上にペタリと夕刊を広げて、読み始めた。3日前の日記を読んだらしい。

わたしはどんなことでも「できるときに できるひとがやればいい」と思っている(“してもらったこと”に対して そのつどよく考えて、感謝や敬意の念を持つのはとうぜんの大前提として)。

お金はあるほうが率先して出せばいいのだし、部屋の汚れは見つけたほうが掃除すればいい。朝食の支度だって、先に起きたひとがしてしまえばいい。同じ額面だけお金を稼いで、同じ負荷分だけ家事をするのが「平等主義」なのだとしたら、わたしの考え方は、それとは根本的に違う。わたしが理想とするやり方は、折半の義務を果たすことよりも、もっと自由でもっと危険で、手加減なしの思いやりやサービス精神や信頼関係がひつようなことだと思う。それらが無ければ、とても難しいことだけど、そういうものさえ持っていれば、どの方法よりも楽で幸福、というような。

唐突だけど、わたしにとっての秋の味覚は 栗でも芋でも南瓜でもなく、チョコレートだと思った。冬のチョコは美味しい、って言うけど、わたしに言わせれば 冬に食べるチョコレートには、暖房の暖かさのせいか 鋭さがない。あたたかい珈琲とチョコレートは、とてもよく合う。 秋の寂しさとチョコレートも、とてもよく合う。

ドビュッシー:前奏曲第1巻&第2巻

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