グッドスタジオミュージック
家出したさいしょの1時間は 自由でたのしかった。携帯もあるし 財布もあるし、そのままパークハイアットまで行ってふかふかのベッドで眠ってやろう、とも考えたけど、そういった意味での“行き場”というのは、あまりにも現実的であまりにも快適であまりにも簡単な快楽なので、ベッドに寝転がった瞬間から きっと居心地が悪く落ち着かない気分になるに違いない、と思ったのだった。タクシーに乗ってしまったら、タクシーに乗らないと帰れないほど遠くへ運ばれていきそうだったので、わざとタクシーにも乗らないで、真夜中の道をとぼとぼ歩き、隣街へ。朝までやっている町でひとりぼっちで遊んできた。WRからは何度も着信があったけど、怒っているからわざと出ない。
結局 家に帰ったのは 昼の12時なので、徒歩15分しか離れていない隣町に、12時間も家出していたことになる。深夜に書店で本を3冊買い、昼前にスカートを衝動買いした。よろよろと家に帰ってきたとき、さすがに「WR怒ってるかも」とドキドキしたけど、WRはまんじりともせずダイニングテーブルに突っ伏して待機していたらしい。わたしが帰ると 珈琲を湧かしお風呂を湧かし、大歓迎の宴を開いてくれた。ねこも 泣きながらかけよってきた。戦禍をくぐり抜けて復員した帰還兵のような気分で珈琲をすすり 湯に浸かる。ほんとうに、自分は何をやっているんだろう。WRは 家出中に買った本とスカートの袋をチェックして「案外とエンジョイしてきたようだね」と感想を述べていたけれども。
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家出の興奮も冷めやらぬなか、夕方にWRと一緒に家を出て、中野へ向かう。この日は 中野サンプラザでキリンジのライブ。
この日は ツアーではなく、一日限りのライブだったので、地方から来たお客さんが多いのだろうか、初夏の渋谷で見たツアー最終日のライブとは かなり客層が違う。中野の町には あの古臭いホールがじつによく似合うし、この日の客層も負けず劣らず中野っぽかった。ライブ中 ステージの天井から下がってきたミラーボールも、左右から斜め45度の釣り紐で結ばれていてレトロを通りこして笑えるし、バンドの背後から映し出すVJも80年代のアナログさで“大人っぽくて都会的”とされているキリンジの楽曲やバンドの立ち位置というのは、ニューミュージックの宿命的なダサさと、常にギリギリの平衡を保っていることを実感。バッファローの曲と“千年紀末の雪”がよかった。
キリンジのライブは、ライブといっても特別な編成やアレンジがあるわけではなく、ライブが 録音にすごく近い。椅子付きのホールであっても、正統派のスタジオ・ミュージックとして君臨している。けっして悪い意味ではないのだけれど、硝子を隔てたスタジオの中で、すでに音楽は最大限に完結しているのだな、と感じた。ライブ会場に集まったひとびとの熱気や期待が、そこに介入したり作用したりはできない気がする。踊らないとダメ、騒がないとダメ、と ある種強迫的に「楽しむこと」や「一定の楽しみ方」を強いてくるようなライブもあったりするけど、こうして厳粛に音楽を鑑賞するようなライブにも、独自の楽しみがあって楽しい。しかし、キリンジが作る曲はぜんぶ 鼻歌で口ずさむのはかんたんだけど、あの中途半端にマニアックなコードを実際に楽器を使って再現するのは、想像以上に難しそう。グッドミュージック サンキュー。
KIRINJI 19982008 10th Anniversary Celebration
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買った本
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