金切り声の女

苦手な同僚女性とランチに行く羽目になり、仕事以上に疲れた。この女性のことは しばしば日記にも苦手、苦手と書いてきて、苦手な理由は100くらいすらすらと述べることができるのだけど、そのうちの1つが、目に見えることのすべてを言葉にして、とにかく喋り続けることなのだ。エスカレーターのボタンを押せば「今日も来るの遅いかな 丁度12時だもんね あ!もう来た やった今日は早かった お昼どうする?雪ちゃん何食べたい?和食?パスタ?あー、やっと下まで降りた あら今日外が寒くない?天気予報であったかくなるっていってたから薄いコート着てきたのに どうする?何食べる?中華の店行ってみる?でも混んでるかな 混んでるよね でもとりあえず行ってみて、ダメだったら隣のホカ弁買ってきて会議室で食べる? 会議室空いてるよね?いつも空いてるもんね でもホカ弁も混んでるけどね あ、信号が赤になりそう どうする?行く?走る?やめる?ここの信号長いもんね(以下無限)」という感じで、とにかく「……何でもいいからとにかく少し黙れ」と言いたくなるけど、その一言さえ言う隙がない。そして、昨日聞いた話 一昨日喋っていた話を、まるで初めて喋るかのように、何度でも喋る。すべてのひとに同じ話をしているから、誰に何を喋ったかなんてこれっぽちも覚えていないのであろう。苦手な理由100のうちの1つはこれだけど、あとの99を述べるのは 述べること自体に自己嫌悪を感じるので、とても言えない。

話していて楽しいひと、穏やかで心があらわれるひと、ついついニヤリとするような瞬間を共有できるひと。会社の中であっても、日記上に登場しない魅力的なひとは沢山いる。なのに、魅力的なひとからの恩恵はそれが当然であるかのように自分のものとして受け取って、そうでないひとからの災いばかりに執着してしまうわたしにも かなり深刻な問題がある!どんなコミュニティに属したとしても、違和感を覚える人物はいるし、或いは自分自身の存在が違和感そのものだったりするものだ。自動再生装置のような、同僚女の意味のない独白のシャワーをまっさかさまに浴びながら、延々と考える。このひとは何なんだ?こいつの言葉の無意味さは何だ そしてそれと対峙しているわたしは何だ この意味のなさは何だ 消化に悪い、というより すべてが消化とは程遠い 咀嚼する以前の話だ 彼女の狂気のような言葉の合間を縫って摂取している栄養素のすべてが無駄だ、ああ おなかが痛い 奥歯が痛い 虫歯なのか 身のほど知らずの愚劣な女だ 視野狭窄だ ゲッとなる わたしの薄暗い本棚の部屋で静かにベケットが読みたい

WRは今夜も残業。夕食は 仕事の合間に適当に食べるから要らないとのことだ。帰宅して、チキンとチョコレートを食べて眠る。金曜日の夜にひとり。金切り声の女もひとり。土日の予定に誘われたけど、忙しいと断って、もちろん行かない。分断?断絶?ひとりで喚く金切り声が 残響になってなかなか消えない。わたしだってひとつも正しくはないのだ、多分。