嘘のキャラメル

終日しごと。接客と原稿で一日が終わる。一日の大半を会社で過ごしていると、、この場所で自分に与えられた役職に見合った人格に、自分がすりかわってしまう気がする。「あのね、ほんとうのわたしはね、」と語りだしたい欲求なんて別にないけど。ほんとうの自分なんか、別にどこにもないけど、それでも 例えば同時期に同じ部署で働きだした仲良しの年下の女の子――彼女はわたしが結婚していることから、すでに今迄繰り返してきた恋愛に全て決着をつけ 生活が安定していて あと何年かはお小遣い稼ぎに優雅に会社勤めを続けたら こどものひとりかふたりでも産むために颯爽と姿を消すのだと思い込んでいる、多分――に対してでさえ、いや あなたは間違っている、目の前にいるわたしのこと まるでよいお姉さんみたいだとか勘違いしてるようだけど、全然違う、あなたに恋愛観や結婚観を経験則から述べるような趣味は毛頭ないし、あなたが思うみたいに何もかもがきれいに片付いていたりするわけもないし、もちろん優雅な若奥様でもない、あなたより大人であるといえる唯一の証拠は、あなたみたいに昨日起きたことの殆どぜんぶを、我慢しきれずお喋りしたり相談したりはしないことだわ、などとキャラメルを溶かす口の中で人知れず考え、ほんもののお姉さんより ものわかりのよい微笑でにっこりと相槌をうつ。彼女の顔を真正面からじっと見つめて、まるで整形してるみたいにキレイで可愛いけど、自分は結構美人なのに何故恋人ができないんだろう、と密に考えている百人並の年増の女に比べたら、勿論 べらぼうにキレイだけど、それなのにグッチのGG模様のバッグなんか持ち歩いて、なんてつまらないのあなたは、でもキレイだから許すけど、と 舌の上をキャラメルが転がる、その一瞬のうちに思考する。ああ ねこちゃんたちに会いたい。これはとくに木曜日の話ではない。