憧憬

週が明け、月曜日。バタバタと多忙に過ぎた。週末に仕上げた原稿に関して、表記上のかなり細かな注文がつけられ、焦る。表記やレイアウトなんて、印刷の都合で結局全部下請けに直されるのに。無駄だな……、と思いながら行う作業は精神的に少々辛い。先週付の人事異動で、これから一緒に働くことが発表された新しい上司が顔見せのご挨拶にいらっしゃった。仏と独の子会社で、計10年社長をやって戻られた方。これからわたしの向かい合わせの席になる。今の恐怖は、これから英語だけでなく、仏語や独語の電話も日常的に取り次がなくてはいけないことだ。英語でさえも「ハロー」と「ナイス」の連呼のみで対応することがそろそろ限界となりつつあるのに、フランス?ドイツだと?これ以上わたしにどうしろと言うのか。そもそも仮にわたしがそんな3ヶ国?4ヶ国語ペラペラガールだったとしたら、今頃こんなところで働いてはいないさ、常識的に考えて……でも まぁこれは座席の配置が悪い。グローバリズムが悪い。ガイジンこわい。唐突に用件をまくしたてたり、鼻で笑ったりするから(どうでもいいけど「外国人」って、「患者様」みたいな違和感がある)コスモポリタンっていったい何。近いうち鎖国にならないかな。わたしひとり 敗戦をひきずって生きつづけよう。

この日、うんと年下のともだちの 大学合格のニュースを知る。自分のことではないけれど、ここ最近でわたしにとってまちがいなくいちばん嬉しく、心があかるくなる出来事。とはいえそれは、合格、という言葉を聞いたと同時に 背景にパーッと桜の花が咲くような、通念化された出来合いのおめでたさやうれしさとは違う。とてつもなく大きなことがはじまる前には、決まっていつも形容しがたいほど微かな不吉な予感が、一瞬 脳裏をサッと駆け抜けるものだし、一瞬で消えてしまうそれを見逃さず 手のひらに掬いあげて自分のものにすることが、何よりも大事なことだと思った。

合格おめでとう!よく頑張ったね!ひとまずゆっくり休んだり遊んだりしてね!他人事と思える他人には こんなふうな常識的で優しげで手垢のついた常套句で済んでしまうようなことだけど、他人事だけど 他人事でない相手には、とてもそうはいかないし言いたくもないし思えない。何処へ行っても自分自身から離れることはできない、だから まいにちは続くけれど、どうか繊細なまま つよくたのしくおもしろく日々をお過ごしください。インターネットで繋がることに変わりはないけど なぜかとてもさみしく思う。