贈り物を 見つけたよ

もう3月も半ばを過ぎた。こう一ヶ月が早いと お給料日もあっという間にやってきて嬉しいけれども それにしても 時が過ぎるのが早い。季節が巡るのが早い。働き詰めの一週間はあんなに長く感じるのに、ちょっと振り返ってみると滅法早い。この調子だと たのしいこともつらいことも、走馬灯のように高速回転で過ぎ去って、あっという間に死ぬのだろう。早朝5時半が、此の頃はもうすっかり明るい。大坂の祖母の家に立ち込めていた、お味噌汁の出汁をとる香りを思い出す。澄み切った空気のなか、ひとすじだけ鼻腔を通り抜けるなまぐさい香り。大坂の祖母の家には黒猫がいた。わたしが生まれてはじめてあたまを撫でたどうぶつ。黒い猫も、大坂の祖母も、もうとっくの昔に死んでしまった。蔦の絡まるお屋敷もとっくに取り壊されてしまった。今はもう何もかも、影も形も残っていない。廃墟としてすら存在しない、記憶の瓶の底に沈む残骸。

会社が何やら大変そうだ。わたしは3連休は飛行機に乗ってちょっと高飛びするので関係ない。

夕方 ちょうど会社を出る頃に、WRからメールが来た。

「朝、贈り物を見つけたよ。ありがとーーー」

今朝、目を覚ましてから出勤するまでの朝のことを仔細に思い出すのだけど、まったく何のことだかわからない。朝?贈り物?何?なんだろう?わからない……、あまりにも何のことだかわからないので、ついにはWRが別の誰かと間違えてメールしたのでは?とまで想像してしまう。

「贈り物っていったい何?何かの間違いじゃない?」

すると「えー、朝、箱に入ったくるみのクッキーが置いてあったよ?」との返事が来たので、そこではじめて合点がいって、電車の中なのに思わず噴き出しそうになった。もう一月も前に、会社の同僚の女の子から貰ったリスの絵が描いてある箱に入ったくるみのクッキー。箱にはリスの絵と一緒に「いつもありがとう」と書いてある。すぐに食べるのが勿体なくて、紙袋に入れっぱなしになっていたそれを、朝「賞味期限までに食べよう」と思って、家を出る前にとりあえず本棚の岩波文庫の前に飾って家を出てきたのだった。それを、わたしがこっそりくれた贈り物だと信じ込んでいたらしい。可愛いすぎる。

WRは一週間ぶりに勤務先を早めに出てきた。WRは新宿のジュンク堂、わたしは渋谷のリブロにそれぞれ寄り道して帰宅。WRは新刊の単行本を1冊買って帰ってきた。わたしは何も買わなかった。リブロにはやっぱり欲しい本が全然ない。夕食作りを放棄して、ふたりでハンバーガーを買いに行く。ハンバーガーを食べたあとは読書。そして眠くなる。