下弦の月の上

決算シーズンなので WRはGWくらいまでずっと、忙しい日々が続く模様。この土曜日も、早朝から深夜近くまで仕事だという。ガンバッテネ!わたしは、金曜夜の飲み疲れを癒すべく、勤めに出掛けたWRを見送るやいなや、ベッドに戻って、スヤスヤと二度寝。お菓子食べたり、また寝たり、メールの着信音で漸く何度目かの眠りから醒めると友紀ちゃんからメールが着ていて、もう夕方だったけど、友紀ちゃんの家に遊びに行くことにする。シャワーを浴びて、クリーニング屋にWRのシャツをどっさり運んでから、出発。ひとつかふたつ、電車を乗り継ぎ、友達の家に遊びに行く夕方ってとても良い。まるでバスケットにシルバニアファミリーとお菓子を詰めて、加奈子の家に遊びに行ったこどもの頃の夕暮れだ。加奈子は幼稚園から中学まで一緒だった。高校は少し違う。あんなに近所だった家も、ちょうどそのタイミングで自転車で20分の距離に離れた。それから加奈子は神戸のお嬢様大学に行って、神戸大学の男の子と付き合って、エンジニアになったそのひとと結婚している。あんなに同じように育ったのに、みんなほんの僅かずつ スライドして、みんなほんの僅かずつ、違うものになる。山手線をいつもとは反対の方向に揺られ揺られて、友紀ちゃんの住む町へ。駅ビルのお店で、自宅に飾る用にねこの首ふり人形と、もうすぐ産休に入っていなくなる会社の先輩への贈り物を買う。

友紀ちゃんとパスタを食べながら、ぽつり ぽつり お喋り。わたしには思い出せる過去がない。連続する時間がない。あのときの光景を、何かを思い出そうとしても、工事現場の囲いのように、モネの積みわらの絵のような無意味なグラデーションが 意味のあるものをぼーっと押し隠してしまう。食事のあと、友紀ちゃんの家で珈琲をご馳走になる。ダイニングの隣の寝室に忍び込むと、仕事道具のアクセサリーが、宝石棚(!)にきらり きらりときれいに収まっているので、今度は ママのドレッサー部屋を探検するこどもの気持ちで、キャアキャア騒ぎながら手にとって遊ぶ。すると、友紀ちゃんが、そのなかのひとつのネックレス(パールと色々な形の石がランダムに数珠つなぎになった、とてもわたし好みのもの)を手にとって、「これ、商品を買い取ったやつだけど、留め金が壊れちゃったから、こんなので良かったら、雪ちゃんにあげる!」だって……!えー!いいの?!なんだか催促しちゃったみたい!と言いながら、大喜びでお下がりをいただくことに。留め金が壊れていても、別の部分にひっかければまったく問題なく使えるし、デザインも素材も、素晴らしいもの。おもちゃのネックレスを貰うのとは訳が違うこと。せめてもの御礼に、パンダだらけの友紀ちゃんの部屋のなかで、未だ名前がつけられていない2頭のパンダに名前をつけてあげた。木馬型のパンダは、ゆらゆら揺れるから「由利雄(ゆりお)」。もうひとつの、猫背のパンダは、友紀ちゃんから「このこは横文字がいい」との要望があったので「由利雄」に合わせて、「麻利雄(まりお)」という名に(適当に思いついた)。2頭とも、せっかく命名したのに、友紀ちゃんは何故か口を尖らせて不服そうであった。

友紀ちゃんの家と、去年の夏に越してきたわたしの家は、築年数が近いのだろうか、どちらの住まいも、ちょっと古くて世帯数が少なく、がっしりとした外階段のある低層階の鉄筋コンクリートで、なんだかとてもよく似ていることに気がついた。キッチンのタイルの感じや、一昔前のフローリング板の雰囲気もよく似ている。

22時までお喋りをして、お別れをする。帰りの電車は、休日の帰宅時間には遅く、終電前の帰宅ラッシュにはまだ早く、妙にがらんと空いていた。友紀ちゃんがくれたネックレスとチョコレートを鞄に仕舞う。車内を照らす蛍光灯の色で、ありもしない現実に、急に引き戻される感じを覚える。WRはまだ帰宅していなかった。たのしかった、小さな土曜日が終わる。