糸の色は灰色

空が曇っている。雨降りの予報も、久しぶりのこと。会社では 昨日に引き続き、一日中ロシアの原稿に取り組んだ。麗らかな春に潜む毒気に麻痺していたので、久方振りに降る雨でやっと、心がすとんと着地した気がした。腑におちる、というやつ。雨降って、腑におちる。きのう ともだちからメールが届いた。メールアドレス変更のお知らせ。文面は確かにわたし宛だけれど、この事務的連絡が、いったいどれほどの数の人々に送られているかは知らない。もう最後に会ってから、数年が経つ。その数年の間に、確かもう3度もメールアドレス変更の知らせが送られてきていて、わたしのようなふつうのひとにはわからない諸々の事情があるのか、単にメールアドレスの変更などという面倒事を、大して面倒には思わない性質なのかはわからないけれど、一定期間で転々と居場所を変える、逃亡犯からの手紙のようだと思う。共通の友人知人は とっくにバラバラになってしまった。なので、そのひととわたしの関係は、いつからか このメールアドレスが唯一にしてさいごの糸だ。あまりにも頼りないその糸の端が、今の今まで途切れないという事実に、わたしは いつも 息を呑む。わたしからは君を見られる。けれども、君からは決してわたしが見えない。ホームページに掲載していたブログが終了されてしまったことを、わたしは わたしのせいのように感じている。おかしなことと思うかもしれないけれど、そのひとに関してわたしが想像することは、いつだって ぜんぶ ぜったいに間違っていた試しがない。

残業のあと、夜9時に歯医者。大粒の雨の中、駅から 暗い住宅街の路地裏を抜ける。昨夜はあんなに満員だった待合室に、今日は3.4人しかひとがいない。神経を診るために穴を開けた歯の具合をチェックして、軽く消毒をして簡易的に穴を閉じて、この日は終わり。抗生剤を飲み始めた日から、どうにも胃腸の調子が悪いのだけど、それを言っても仕方が無いので歯医者には特に何も言わない。雨脚は少し治まっていた。

会社で少しずつ仕事を任されるようになってきて、プレッシャーをかけられたり時には褒めてもらえたり、色々あるけど そうして煽ててもらえることを 遣り甲斐か何かのように錯覚してはいけないと思う。少しずつ周りのひとと分かり合い、信頼さえされ、快適さと適性を身につけた挙句の果てに それをゼロまで振り切ることは、容易いことではないのだろう。容易いことでないことを、わたしはやらなくてはいけない。WRは今夜も終電で帰宅。顔がつかれている。家のなかのこと 少しでも色々快適にしたいのに、彼ほどではないにせよ 残業があったり、歯医者があったり、なかなかゆっくり家に居られなくて、ごめんね、という気持ちになる。この頃おとなたちが忙しいので、ねこ人形も黙ってベッドの上にうつ伏せだ。