スナックひらこう

漸くWRの残業が少し落ち着いて、この日はなんと定時に勤務先を出られたという。わたしも19時には勤務を終えて、わたしたちの街に帰還。家から徒歩で10分ほどの住宅街にある、大学時代の先輩のお店へ 顔見せがてら夕食を食べに行くことに。途中にある、街でいちばんお洒落な男用セレクトショップで、WRのバッグとTシャツをお見立て。ジャージー素材のショルダーバッグはチョコミント色。Tシャツはベビーピンク。どちらもとても可愛い。

道なりにある100円ショップの前で、旧ドラえもんの声のひとを見た。WRが「あのひとの声をぜひ聴いてみたい、一言でもいいから」と熱望したので、買うものはないがあとに続いて100円ショップに潜入し、表面がパンダとトラとコアラの顔になっている、3つセットの食器洗いスポンジを買うかどうか真剣に悩むふりをしながら機会を伺った。旧ドラの方は、ご家族の方と一緒にビデオテープや単行本が収納できる袋がたくさん陳列してある棚の前を指差して 連れの方に「しゅうのうぶくろ〜」と言っていた。その後4分くらい、WRとわたしの間で 腹ポケットから未来道具を取り出すしぐさで「しゅうのうぶくろ〜」と発するあそびが 爆発的な流行を見せる。小学校低学年のとき、道徳の本にこの方の伝記が載っていた。「小学校の入学式で、名前を呼ばれて大きな声で返事をしたら、『なんて変な声の子なんでしょう』と、生徒だけでなく先生や周りの父兄からもくすくす笑われた」〜中略〜「だけど今ではこの声こそがわたしの財産」という、まぁそんなようなお話。思えば当時はタイミング的にも「個性的であれ!」という個性偏重時代の幕開けだったような気もする。しかし当時はこどもだったので、個性云々という主題はまったく伝わらず、そんなことより ドラえもんの中にひとがいた!という事実が衝撃だった。あと、空想上や創作上の人物だとか 昔の偉人とかではなくって、このひとマンガのひとなのに教科書に載ってる!いいの?という驚きもあった。ついでに音楽の教科書で(せいぜいイエスタデイとかだけど)ビートルズが載っているときも いいの?いいんですか?と思ったりした。学活の時間に映画を流してもらえるときや、台風のときとか授業中なのにニュースがつくとき、運動会のあととかに担任が「他のクラスのやつらには内緒」と言って、缶ジュースをくれるときも同上。ひと目見ただけの旧ドラえもんのひとだったけど、実に色々な記憶を呼び覚ましてくれる。

この夜は 先輩のお店のカウンターでもおもしろいひとたちに出会う。お二方とも別々に来ていたひとり客で、どちらもほとんどWRやわたしの親と同世代なのだけど、T氏(常連)はお洒落で格好良いおじさん。音楽業界の重鎮。だけど、というかだから、というべきか、音楽の話など殆どしないで、瑣末な日常の話題(部屋の間取りについて等)で大いに盛り上がる。もう一人のS氏は 家はごく近所とのことだけれど、このお店には初めて来たという。しかし初めてとはとても信じられない。おそらく新橋のガード下と間違えていたのだろう、頭にネクタイを巻きつける勢いの、高度成長期のオヤジの呑み方をする。まるでアサッテくんの世界から飛び出してきたよう。

WRとわたしは 両者のオヤジから気に入られ、交互に色々お話したのだけど、Tプロデューサーは 明らかにアサッテくん(←確かにTさんに「社長!」「センパイ!」と呼掛けたりして煩い)を黙殺しており、板ばさみとなった我々はヒヤヒヤしっぱなしであった。Tさんとは名刺を交換して、お互いに店の近所に住んでいるので近く飲みなおす約束をする。まだ水曜なのに、しかも生理中で鎮痛剤を飲みすぎているのに、今夜はお酒を呑み過ぎたかも。しかしわたしはホステスの才能がある。ありすぎるしありあまる。不幸にも未亡人になってしまったときは、スナックをひらこう。「スナック ねこの巣」に活路を見出だそう。