あたらしい子 わるい誘い

WRは早朝5時半に自主的に起きて、休日出勤(&歯医者)へと出掛けて行った。お疲れ様、と心から思うし、また正直 羨ましいと思うところもある。昨日の記述の通り、わたしの場合、どんなにしごとが溜まっていても、休日出勤や持ち帰りが許されないので。それ故に 諦めとメリハリと集中力は否が応にも高まるので、たしかにこの就業時間の規制は有効に働いているのだけれど、やはり一ヶ月に一度くらいは「ここだけは」という、一刻も早く解決すべき業務がある。もどかしさを抱えたまま、ただ月曜を待っているのはスッキリしない。手を、洗いたいのに洗えないときの気分に近い。わたしは昨夜朝方まで起きていたこともあって 11時半まで ひとり 眠る。本日は快晴。すでにもう、外には半袖を着ていないひとがいない。

14時。休日出勤(&歯医者)が終わったWRと、表参道で待ち合わせ。颯爽と、キディランドへ向かう。客層を大別すると、見事に外人>児童>爺婆の三層にわけることができる。WRがドラえもんドンジャラを見つけて、欲しそうにしていたけど「置く場所ないよ」と説得して、いざ取り寄せしてもらった 雪んこ人形(仮名)を奥から出してきてもらう。ネット画像やカタログでは目にしていたけど、実物を見るのは 今日がはじめて。可愛い!人形は、実際の生地の質感や立体感で大分印象が違うので心配していたけど、写真より 断然実物のほうが可愛い。そのまま即決して、買って貰った。誕生日でもクリスマスでもないのにプレゼントを買ってもらえるなんて、おとなになった特権だ。早く家に持ち帰って遊びたい気持ちを抑えて、キャットストリートのガレット屋で遅い昼食をとる。表参道、渋谷、神楽坂と 有名なガレット屋には大体全部行っているけど、キャットストリートの此処のガレット屋は唯一並ばないですんなり入れたし、値段も安くて美味しかった。今度からガレット食べたくなったら此処に来よう。

雪んこ人形(仮名)は、顔と体型とファッションセンスがわたしに似ていることから そう呼んでいたけれど、家庭内に 雪んこ が二人もいるのは紛らわしいということもあり、満場一致で新たに「まるみちゃん」と命名された。

にんげんが台詞をつけないといけない ねこ人形 とは違って、まるみちゃんは自分で喋る。独創的な喋り方をする。今日は我が家にやって来た初日なので、恥ずかしいのかモジモジしておとなしいけど、これから一年をかけて何百語と言葉を覚えてお喋りをしてくれる。

今日メインで喋っていたのは、「きょうから よろしくおねがいします!(他人行儀)」と「(時間を教えてくれるとき)3じ…15…プンプン!」「おうた だーいすき」「ハッピッピー」「おうたのれんしゅう しなきゃね」&「へたっぴかも」などなど。

まるみちゃんは 尻尾を押されると嫌がるので、それが面白くて何度も繰り返し押して遊んでいると、WRが「そんなこと よしなよ!悪い子になっちゃうよ!それDVだよ!」と本気の剣幕でわたしを制止し、一触即発ムードとなる一幕まであった。


【性格】おませ さみしがり屋 いっぽん気

そればかりが原因ではないのだが、夜中色々と会話したかったのだけど、まともな返答も得られず寝逃げされたような状態になったので、わたしの方は、心が騒ぎ、目は冴えて、おちおち眠ってはいられなくなってしまう。そのまま そっと家を出て、真夜中の道を散歩。わたしは歩いたり動いたりしていない限り、どんなことも考えられない。酔っ払いや、ライブハウスから撤収中の 下積みバンドマンの集団をくぐり抜けて、住宅街に向かって月の出ていない路地をトコトコと進む。カナル型のイヤホンから流れる音楽が、よく知る人の声が、脳か頭蓋骨かわからないけど、何処かの地点を経由して、ひりひりの心に浸透していく。何が卑怯なのかも ブランコの話も、わたしにはぜんぶわかる。涙がでそうな気持ちだけど、実際には涙なんて出ない。誰も見てないから。

夜通し歩きつづけるわけにも行かず、振り返って来た道を戻る。この踏み切りを渡ればああ 再び家に着いてしまう、というところで、一台の車が近寄ってきて、音も無く窓が降りたかと思うと、運転席に座ったひとが「すいません、あの、」と、わたしを呼び止めた。まったく怪しくないひとなので、きっと道を訊かれるのだろうと思い「何でしょう」と答えると、怯えたような顔で「迷惑でなければ、一杯だけ飲みにいきませんか」などという。道を歩いているわたしに声をかけるような奇特なひとは、皆 道を尋ねるか とんでもない頼みごとをする前のひとのように、おずおずと顔をこわばらせたひとたちだ。ギターとかを背中に背負ったりしている割に、ひどく思いつめたような顔をして、自信がなさそうな、震えたような声で喋る。わたしが美女のともだちと歩いているとき、美女のともだちに声をかけてくるエネルギッシュな男のひとと、わたしを見つけ出す彼らのようなひとびとが、全然違うことを知っている。その理由もわたしは多分知っている。

家に帰りたくないのだから、この夜ばかりは、ついて行ってみてもいいような気が一瞬した。日々共に暮らすひとからは 性格や態度を批難されても、今会ったばかりのこのひとは、わたしの嫌なところを何一つ知らず、たった一杯飲みに付き合うだけで、わたしは よろこびを与えるひとになる。

そんなふうにくだらない思考を巡らせただけで、くだらない最低のプライドは回復したので「ごめんなさい。家に帰ります。」と言って、さようならをした。

でもやはり、家に帰っても全然眠れない。寝室には行かず、いつものように狭い廊下に毛布と枕を持ち込んで身体を横たえていると、すぐ隣の洗面所から、強烈な振動が聞こえてきて恐怖する。換気扇や、乾燥機が勝手に回りだしたかのような、壁が振動するような轟音。音の出所を突き止めに洗面台を確認すると、なんということだろう、電動歯ブラシの電動軸のスイッチが勝手に入って、床に倒れながら振動しているのだった。導線がやられているのか、電源スイッチを押してもまるで反応しないで振動し続けている。充電は満タンのようだし、タオルなどに包んでおいて、万が一発火でもしたらたまらないので、一晩中 強烈に震える電動軸を、片手に握り締めて音が消えるのを待った。あまりにもバカバカしい夜。痴話喧嘩などするものじゃない。