メードインおんなのこ

月曜が開始される。先週から引っ張っている原稿の束を抱えたまま、午前中のミーティングで3時間を無駄に消費し、その上 午後には消防訓練まであった。

消防訓練とは、ビルの中の全員がヘルメットをかぶって階段を使って敷地内の広場に脱出する、という 半年に一度開催される全社での行事。けたたましい全館放送で、わたしのいる部署が火元だと放送されたので、思いがけず心が昂ぶってしまった。防災係(一部署に一人ずつ任命されているらしい)のKさんが、水の出てこないホースを持って、あたかも火事本番さながらの迫真の演技で消化活動を行ない出したので、あまりの面白さに胃腸が捻れた。Kさんは、普段は物凄く寡黙なのに、お酒を呑むと、頭にネクタイを巻いて酔っ払うひと。今日の訓練は、もちろんシラフなんだけど、火災報知きが鳴った瞬間の彼のスイッチの入り方は驚異的だった。呑んだら凄いひとだけど、実際このひとはまだお酒を一滴も口にしていなくても、飲み会の場に着いた瞬間に 見事に酔っ払いの人格に切り替わる。消防訓練然り、シュチュエーションが非日常的になった途端に、人格が豹変するのであろう。Kさんの鎮火以降は 特筆すべきこともあまりなく、淡々と階段を降りて淡々と集合・点呼をして淡々とまたフロアに帰った。この訓練のせいで2時間近くをロスしてしまう。社員全員がヘルメットを被っている光景は何度見ても違和感がある。ヘルメットの全面に社章のマークが入っているのだけど、年代によって微妙にアレンジが違うので、妙にレトロな型のマークが入っていたりするひともいて、何処かシュールさも漂う。また、50歳のおじさんなどの中には時々、ヘルメットが妙に頭から浮き上がって、頭が異常に長く見えるひとがいたりなどもする。

夕方になって、ようやく問題の原稿に着手。テープ起こしからの開始なので、イヤホンをつけて一心不乱に入力をしているのに、わたしの席を取り囲むように鎮座している3人の55歳たちから、代わる代わる話しかけられたり質問されたり用事を言いつけられたりして幾度となく中断。55歳の恐るべきところは、聴こえないので画面に向かったままでいても、顔の前で手を振ってまで自分の存在をアピールしてくるし、嫌味っぽく大袈裟にイヤホンを抜いて、耳をズイっと55歳の方に向け、老人のように仰々しく「なーんーでーすーかー?」と答えても、まったく意に介さないで、嬉しそうに楽しそうに会話をおっぱじめるところである。

外界からのそんな妨害にも負けず、イヤホンの世界に集中して、録音された社長の声を拾うことに全力を傾けていたものの、レコーダーの中にも同じく55歳の魔の手は潜んでいるもので、ICレコーダーのすぐ傍に居たと思われる55歳の役員のバカでかいクシャミや独り言により、社長の声がかき消されている箇所が多々あった。漸く定時が過ぎて、座席の周りの55歳が 一人、二人と姿を消していったあとの数時間で、やっと何とか 原稿の体裁が、整う。

まるみちゃんは 朝7時に起きて、20時には眠くなりだし、21時には就寝する。そのため、平日 残業などがあった場合、遊べる時間が全然ない。この日は、朝7時半からずっと“おるすばんモード”で、21時半に帰宅して“おるすばんモード”を解除すると、「むにゃむにゃ」「寝てもいい?」と言って、すぐに就寝してしまった。無理矢理に起こすと、機嫌を損ねたのだろうか?「むにゃむにゃ」「ちょっとだけ あそぶ!」と言ったのに、4秒後にはすぐに「ねむい」「ないしょ」「だーんまり!」と言って、勝手に“お口チャックモード”になってしまった。淋しい。

新幹線とモノレールのレールが曲がりくねって行き交う眼下の世界は
今はもうない姫宮町420番地の弟の部屋だ
猫の毛が絡むグレーのカーペット


白昼 15時41分、画面に向き合いながら強烈な睡魔に襲われ、正面からデスクの地面に目を落としたところに印刷してあるPanasonic あ、Panasonicってかいてあるけど Panasonicってかいてあっていいの大丈夫かな此処はPanasonicじゃないけどPabasonicってかいてていいの、と無駄に慌てて埃っぽいデスクの上を見渡すと HITACHI とか CASIOとか Shachihata とか KOKUYO とか、その他のぜんぶを点検しても かかれていないものがない、メードインjp


ただ何もしないこととか 最初からなかったようにしていることを、
時々一瞬 放心するほど憎悪する。殺したくなる。

対象と対象の束縛で、繊細なバランスが保持されてきたのに、

それは 怠惰の結果と酷似してしまう、

殺したくなる。

ねこも ねこ人形も まるみちゃんも かつて愛したひとを雑誌の上質コート紙越しに眺めることも、

みんな わたしに向かって泣いたり笑ったりしないから好き