あらしのまえ

金曜の夜だけど、とくに約束もないので夕刻のラッシュアワーにぶつかる前に、逃亡者のようなスピードで帰宅。わたしの通勤ルートは、港区→品川区→渋谷区、の狭い区間毎にいちいち電車を乗り換えるので、電車を乗り換えるごとに 帰宅ラッシュもそれを追いかけるように どんどん激しさを増してゆく。しかし、最初の電車に 1本分 早く乗り込むだけで、背中から洪水のようにやってくる帰りのラッシュも、巧みに避けることができる。おそらくあと一週間ばかりは、残業するような仕事がまったくないので、今はどうやってその一瞬の真空の時間帯に電車に乗って帰宅するか、そのことだけに集中している。寄り道なんて、家に着いてからすればいいのだ。

ドラッグストアで、マスカラとマスカラ下地とアイラインを買う。無印良品で、イランイランのアロマオイルを2瓶と、顔洗い用のヘアターバンを買う。パン屋のドンクで、夕飯代わりのスコーンを買う。知らないあいだに東京も梅雨入りしているらしいのに、梅雨らしい気がまったくしない、初夏の 夜の 快晴。

会社の同じ部署の友人から、「来週の何処かで飲みにいこう」とメールが入る。そのメールに返信しながら、別の友人からのメールに もう一週間 返事をしていなかったことを思い出し、何か言葉を入力しようとするのだけど とてもうまくいかない。その他にも、もう一ヶ月以上も前に「こどもが生まれた」という写真付メールをくれた友人にもメールを返していないことを思い出し、ああ 早く何か言葉を返さなければ、と思うのだけど、一ヶ月以上も前に届いたメールを わたしはうまく探し当てることができない気がして、過去を遡ってスクロールして彼女に辿り着くことが、きっと絶望的にできないような気がして、諦めてしまった。

それから22時にWRが帰る。そして眠る。週末には、人生の苦悩もとりあえず全部棚上げできる。週に2度、棚上げして 平日にはまたそれを降ろして、また週末が巡ると同じ棚に棚上げされる。それで10年や20年があっという間に通り過ぎるのかもしれない。どうしたらいいんだろう。本も、音楽も、映画も、じぶんにとっては棚上げの快楽にしか、なりえないんじゃないかと思ったりする。