恵比寿はいつも雨

しごとを終え、19:00に予約を入れた美容院へ急いだ。いつもの美容院が、以前からあった代官山店に統合されたので、リニューアルしてからはじめて足を運ぶ。東横線を使うのが面倒なので、お天気が悪いことが気になったけれども、恵比寿からテクテクと徒歩。駒沢通りを下って行き、旧山手通りと交差する鎗ケ崎交差点で急に視界が広がる瞬間が好き。この辺りや駒場の松見坂辺りの景色が、わたしはとても好きなのだ。雨が、気まぐれにポタリポタリと落下してきて、風も少し強いけれども、音楽を聴きながら闊歩していると、それもあまり気にならない。夕食を食べるには時間が早く まだ空腹も感じないけど、美容院に2時間滞在しているあいだにきっとおなかが空くだろうと思って、途中のカフェでチーズケーキを食べる。粉が入っていない、チーズだけでできている、固くて冷たいチーズケーキが好き。今日は 携帯を充電器に差したまま忘れてきてしまって、放課後 誰かとの約束が無いことをほんとうに有難いと思ったけれど、カフェに座っているうちに時間がわからなくなってしまう。携帯電話を忘れると、時計も忘れたことになり、最近のカフェには 壁掛け時計なんてかかっていないのだ。

ごうごうと夜風が吹くなか、美容院に到着。いつもの美容師さんやアシスタントの女の子たちが、笑顔で歓待してくれた(お客だから当然だけど、“はじめての美容院”のアウェイ感のなか、この歓待が 非常に 重要)。電車で僅か1駅や2駅しか離れていなくても、お店が移転するタイミングで、続けて通うモチベーションを失ってしまうお客さんも 少なからずいるのだと思う。

今までのお店は、女性スタッフ中心の小ぢんまりとした店舗だったけれど、3つの店舗を統合して大きくしたこのお店には、男性スタッフも とても多い。それも 悪ノリが乗じてそうなってしまったのだろうけれど、異常な髪型をした男性スタッフばかりだったので、「ここには 不良のような人が たくさんいますね」と言ったら、「(あのひとたち)ホントにバカなんで、ごめんね」なんて、笑いながら 謝られて しまった。

夜の美容院には モデルさんが多い。斜め前でカラーリングしている娘も、隣でロングヘアーにドライヤーをあてられている娘も、雑誌や広告で見たことのあるモデルさん。それも、まだ、16歳や17歳の女の子。身体の線はまだ少女のようで、ノーメイクだし、鏡越しの表情だけはあどけないのに、顔の造作が まるで大人のおんなのひとのように きちっとした繊細なラインで描かれていて、なんていうか 完成されている。彼女たちは、鏡越しの美容師さんと、世間話をしながらキャラキャラと笑う。わたしなんか、鏡の中に 髪の毛を濡らした自分の顔が映されつづけている時点で、あんなに屈託無く笑えない。笑えるはずない。それは今、自分が齢をとっているせいではなくて、16歳や17歳の頃は、今よりももっと笑えなかった。モデルさんは、ひとりはチャウチャウ(犬)に 似ていて、ひとりはドワーフホト(うさぎ)に そっくりだったけど、いずれにしても、16歳や17歳で あんなに屈託がない表情をしていて、若さのせいの、あのバランスが崩れた汚さもなくて、透明で、可愛くて、とても素敵。けれど、神様がわたしの鏡の隣に降りてきて『あの娘とこの娘のどちらかの身体と、あなたの身体をとりかえっこしてあげましょう』と、お申し出をくださっても、チャウチャウにもドワーフホトにも 特になりたいとは思えないので、16歳や17歳の魔法のように透明な女の子にも 自分は憧れられないのだな、と少し寂しく思った。それでも 眺めているだけでも素敵な女の子たち。

わたしは髪をほんの少しだけ切り、色褪せていたカラーリングをきれいにしてもらって、美容院終わり。ヘッドスパをされているあいだ、昏々と眠っていたようで、目が醒めたときは、旅先で目を覚ました瞬間のように「ここはどこ?」って思ってしまった。

帰路も、同じ道を恵比寿まで戻る。まだ雨がぽつぽつと落ちてきていて、カラーリングを終えた髪を濡らさないように、大風のなか、傘でぎゅうぎゅうと風に抗いながら 歩いていく。音楽を聴きながら 過ぎ去ってしまったものと自分との距離、それから 自分にできることは何だろうか、と 妙に 内省的になって考えたりしたのだけど、すぐに 食事やパーティー帰りのひとたちがざわざわと集まる駅前について、そこで思考は中断された。

きんようびの夜。家に帰ると明かりが消えていて、先に帰っているはずのWRは不在。外で レポートを書いていたという。わたしは緑色の缶ビールを飲む。眉まで短くなった前髪を褒めてもらった。夏は ビールにしか食欲を感じない。