不在の世界のコミュニケーション

決算発表当日まで 部長は米国出張で不在。気が抜ける。デスクの右側に広がる空には、雨雲が物凄い速度で移動していく。雨雲の上層には、太陽と金色に光る空が見えていて、その上にはまた柔らかいコンクリートのような雨雲がかかっている。ランチタイムは相変わらずZさんの勢いが物凄い。

隙間や沈黙は、彼女の中に内在する根源的不安に直結するのだろうか、とにかく 絶え間なく喋り続ける。彼女は会話を知らない。彼女が発する言葉のすべてが まるで下手な芝居のようで、ひとを褒めるのもひとに同調することも、すべてが相手に良く思われたいが為の まったくの嘘であることは明白なので、いらいらするし、自分以外の人間の感情を見下しているその様子を、見下したくなる。

悪いことだろうか。でも、わたしは見下したくなる。彼女は 沈黙の想像力を 知らない。ほんとうに話したい言葉だけを 口にすればいいことを知らない。彼女がいない世界のコミュニケーションを 知らない。それとも「赤い靴」のカーレーンが一生踊り続ける呪いをかけられてしまったみたいに、彼女もほんとうはもう何も喋りたくないのに、口が勝手に動いて止まらないのだろうか。病気?おそらく病気だろうと思うのだけど、本人がその症状で困っていないなら、潜在的には病気でも病気とは云えないし見做されない。これは何だろう?彼女のお喋りを一部でも書きとめずにはいられないわたしと 彼女のお喋りと同じだけの独白が続くこの日記帳も、彼女のお喋りと似たようなものだ。似ているからこそ 気になるのだろうか?彼女には 理想通りの恋人ができるのだろうか?いつか挫折を挫折と感じて 破滅したりするのだろうか?

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

WRは勤務先のチーム飲みで遅い帰りの予定。今さらながら、お洋服のセールでも見てみようと思って 渋谷に立ち寄ったけれど、欲しいものが 何もない。少なくとも何もないような気がした。それでも、nekkorogirlペンダントに似合うTシャツを1枚購入して、湿気で蒸れた渋谷から そそくさと 立ち去る。

WRが飲み会で不在の家に出没したゴキブリに毒ガスを噴射して殺した。ただ家の中にいるだけなら まるみちゃんや ねこちゃんたちとも 変わらないはずなのに、同じ部屋にゴキブリがいること、それからそれを想像することにも耐えられないので殺した。ベランダに面した硝子戸を蜘蛛がそろりと這っていく。蜘蛛は殺さないけれど、ゴキブリは殺す。醜いものを殺すことが受容された世界にいるから、人は 愛についてばかり語りたがるのだろうか。

一人で待っていた夜なのにビールを飲み忘れた。

終電で帰宅したWRに ゴキブリの屍骸を捨ててもらった。