souvenir ねこちゃんの戯曲

さて月曜日。夏休みのような夢の中のお話は もうお終い、朝も昼も夜も 街も 信号機も、夢から醒めたみたいに既にすべてが元通りに復元している。9日振りに出社した会社のわたしのデスクの上の、ノートパソコンも筆記具もセロテープも、9日間 見放されていたとは思えないように緩やかに生気を取り戻し、凍結した時間から再び動き出す。

わたしは席へつくとすぐに、夏休み前に中途で放り出していた、世界各地の現地法人へ機密資料を発送する作業に取り組む。国名や都市名と会社名をローマ字で組み合わせた、航空機の行き先のような記号を黙々と入力する。たちまち わたしの画面の上が、エアポートの発車標になる。

LISBON,GLASGOW,HELSINKI,CARACAS,AMSTERDAM,VANCOUVER,LYON,CASABLANCA・・、都市のなまえは 実際の都市より、ずっときれい。航空機の管制官になりたかったな。わたしがお手紙を入れた書類封筒は、海を越えて 空を飛んで 世界中に散らばっていくの。デスクの上では、部署のひとたちが配ってくれた世界中の夏休みのお土産が 天高く積み上げられている。まだみんな休暇の残り香のなかでしごとをしていて、全員に余裕があるせいか、平和で明るい気分で満ちている。世の中が週休4日なら、毎日がこんな気分でいられるのにね。

しごと帰りは代官山へ。美容院で前髪を切り、シャンプーとトリートメントを買い足す。美容師のHさんは、ヘアショーの仕事で杭州に行って来たって云ってた。ニューヨークやロンドンで開かれるショーより、杭州のショーと聞くほうが、かえってお洒落に耳に響く。今週は研修の為に帰りが早いWRが おなかをすかせて家で待ってる。

WRとスーパーマーケットで夕食の調達。ちょうど夜の値引きの時間で、従業員がお惣菜やお鮨に半額シールを貼っていくと、お客さんの手がハイエナのように伸びて、たちまちに売れていく。その光景を見たWRは「アアッ!あんなにあったお鮨が 一瞬にして無くなってしまった!」「さっきまで千円だったお鮨が、たった一瞬のうちに 500円に・・」「人々がハイエナのように」「金本位制の崩壊だ」等々、ひとり言を立てつづけにつぶやき、衝撃を受けている。なんという世間知らずだろうか。こんなことは、何処のスーパーでだって、毎晩かならず行なわれているよ。

夜 眠る前、この出来事をもとに WRと一緒に 戯曲を作った


戯曲「ねこちゃんの半額寿司」

町の小さなスーパーマーケット。ドラゴンズのユニホームを着た小さな後姿が、せっせと汗を飛び散らせながら、棚の商品にペタペタとシールを貼りつけている。次第にざわざわ、と 周りにひとが集まってきた。ドラゴンズのユニホームを着たこどもは、ドアラちゃん。スーパーで、値引きシール貼りの アルバイトを している。そこへ 灰色と橙色の毛並みをした、2人組のねこちゃんが通りかかった。

ねんねこ「あっ、たくさんのひとが あつまって いるね」
ねこんこ「ボクたちも、近くにいって、みてみよう」
ねんねこ「あ!おすしに はんがく と書いた シールがはられているよ!」
ねこんこ「そして はんがく のおすしが、みるみるうちに なくなって いくよ!」
ねんねこ「ボクたちも お店のひとに はやく おすしを もらおう!」

ねこんこ「あのー、ボクたちにも はんがくのおすしを くださいナ」
ドアラ「(せっせ・・ペタペタ・・・せっせ・・ペタペタ・・・!)」
ねこんこ「ボクたちにも、はんがくおすし くださいナー!!!」
ドアラ「おすしを持ってきたら、きみたちにも はんがくシール 貼ってあげるよ!」

ねんねこ「シール貼るそばから売れていくから、もう おすしが ぜんぜん残って ないよ!」
ねこんこ「おすしがないなら、じぶんたちで つくるしか ない!!!」

ねんねこ「マグロッ(ニギリ)、あまエビッ(ニギリ)、いかッ(ニギリ)、はまちッ(ニギリ)!」
ねこんこ「ウニ トロ イクラッ(ニギリ ニギリ ニギリ)、カニ アナゴッ(ニギリ ニギリ)!!!」
ねんねこ「うわーーーい!おすしが できた!」
ねこんこ「はやく さっきのアルバイトの子に シール貼ってもらおう!!!」

ドアラ「ペタッッッ!!!・・・」

ねんねこ「わーい!千円のおすしが 500円に なった!」
ねこんこ「ヤッター うれしーーー!」


※こうして 2人組のねこちゃんは じぶんでつくったおすしを 500円で 買ったのでした。完