夏休みは何処に消えた

WRは一日中、勉強とか髪切りとかで外出の日。わたしは誰とも約束がない。行くべき場所も特にない。午前中、WR宛てに届くはずの宅配便を受け取ってから、猛烈な残暑の街へ出る。

遠くで鳴いている蝉の声を聞きながら、こどもの頃の あの長い長い夏休みの 長い長い午前中は何処へ消えてしまったのだろうか、と考えていた。涼しいうちに宿題とピアノの練習済ませちゃいなさい、と言う母の声に促されて、そのどちらもてきとうに素直に片付けてしまって、それでもお昼ごはんの時間まで まだまだ余る、遠い夏休み。台所に立つ母親に「ひま!ひま!」とぬいぐるみを持って訴えると、「そんなに暇なら、お手伝いかお昼寝しなさい」と窘められる。お手伝いもお昼寝も、まっぴらごめんだった。あの長い長い退屈な夏休みは何処に消えた?4軒隣の幼馴染のカナコは 結婚して愛知県にいて、今2人目のこどもを妊娠中だという。カナコは今頃 台所に立って、もうすぐお姉ちゃんになる3歳の娘に「お昼寝しなさい」と諭している頃だろうか?わたしは夏休みで、明日からはじまる会社で憂鬱なただのこどもだ。でも、長い夏休みがない。お昼寝なんてしたくない夏休みがない。

賑わうカフェで ひとりの昼食をとる。ドッグカフェなんて銘打たれていない、ただのお洒落なカフェなのに、後からやって来て隣の席についたお客さんが、それぞれの膝の上に当り前のように小型犬を載せていて、少しゲンナリとした。小型犬が可愛いとは わたしはとても思えない。目玉が出目金のようにギョロリと出ている。せわしなく足許を動き回る。金色の毛並みは、案外ねこのように滑らかで、触ってみれば可愛いかもしれない。でも目がダメだ。貧乏暇なしのように動き回る姿も、どうしてもダメ。

さいごの夏の町を、あてもなく歩く。WRが帰って来るのは夕食の時間。昼間のスーパーで、夕食の為の材料を買う。ドラッグストアで、トイレットペーパーとティッシュペーパーを買う。女は、高いものでも安いものでも何でもいいけど、いつでも買い物をするのだと思った。春も夏も秋も冬も。買い物しない女を見たことがない。何もないこんな日に、済ませてしまいたい用事や片付けたい場所も色々とあったはずなのに、お茶を沸かしたりしている間に、あっという間に夕方になってしまう。母親に電話。従兄弟のしんちゃんが、春に結婚するんだって、と聞いて驚く。しんちゃんは、弟と同じ年で、頭脳明晰で色白で真面目。親族の集まりでは、昔から余計なお喋りを一切しない男の子だった。夏休みはしんちゃんの家の方にある海へ、何度も一緒に海水浴へ行った。また わたしの長い長い夏休みの登場人物が、夏休みの中から抜け出していく。

髪を切りに行ったWRが、来月の野球のチケットを買って帰ってきてくれた。野球なんて ひとつもルールがわからないけど、ナイターの雰囲気が大好きになった。ドアラちゃんを連れていってあげよう。ささやかな夕食をとり、音楽を聴いて夏休みのさいごを惜しむ。毎日お昼寝してたのに、明日からどうやって生きていけばいいんだろう。満員電車?部長?おじさんたちのくだらない雑談?喧しい女と向き合ったランチ?信じられない。夏休み中は、好きなひととだけ会っていられるから 幸福なのだった。昨日セクハラしてきた黒人さえ、明日からの会社に比べたら、もうすっかり友だちを想う気分で思い出せるよ。



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