ダブルヘッダー

9月の有給休暇の申請をした。珍しくハイヒールを履いて出勤したら、案の定 午後にはすぐに踵のうえに水疱が出来て、ヒリヒリキリキリと 猛烈に痛む。そんなこともあろうかと足に害のない薄くてペタンコのサンダルをバッグに忍ばせて持ってきていたのだけど、そんなときに限って部署の男性から「雪さん、素敵な靴履いてるじゃない」なんて声をかけられたものだから、ああ 意外とよく見てるんだ、と自意識過剰が働いて、切り落としたいほど足は痛いが、もう二度と履き替えることができなくなってしまった。この場合、ヒール無しの靴に履き替えたことを目ざとく見つけられることが恥ずかしいというよりは、そのことで「あれ?やっぱ、ヒール無理してたんだ、アハハハハ カワイイね」みたいな見られ方をする可能性があることが、恥ずかしいし、絶対に避けたいことだと思う。足が痛いまま定時までしごと。

夜は同期のSMさんが企画してくれた 社内女子飲み。とはいえ、参加者は同じ会社の社員だけれど、お互いに顔も名前も知らない女の子たち。皆 同じ区内在住で、年齢と社歴が近い。広報、宣伝、総務、営業、物流と職種はお互いにバラバラなので、しごとの情報交換や人の噂など、同じ会社で働いていない限りぜったいに分かち合えない話題で盛り上がる。しかし、普段から仲が良く しごとの上で任される分野や待遇条件が近いSMさんは別として、初対面の女の子たちにあまりぺらぺらと情報を開示するのはたいへん危険な気がしたというのも事実。皆が皆、今の配属に納得していたり、それなりに優遇されて会社にいるわけではない。年齢が近いだけに 結婚や恋愛の話題でも、経験値や個人差が大きく、溝が深い。女ともだちにも色々いるけど、こういう風に集団化した女同士の会話が目指すところは 結局は「そうだよね」、という生ぬるい共感であって、互いに共感しあえない限り、途端に一触即発の緊張が走る。

どう考えても相性が合わない、中学生のような騒ぎ方をする女がひとりいて、例えば控えめで口数が少ないけど喋るととてもシュールで面白い、こちらの初対面の女の子、少なくともわたしは この子の話をじっくり聞きたいと思っているのに、唐突に「ああ〜ん!鶏皮うま〜〜い!」と絶叫して 自分の話に引き戻して話の腰を折るような、そういう女がひとり混ざっていたために、結果的にはとても疲れた。会社の話でも男の話でも、なんだか安っぽい奴隷根性丸出しで、すぐに他人に対する安っぽい憧れを前面に出す。そんなあなただから 現に安っぽいしごとをあてがわれ、安っぽい恋愛ーー例えばB型の男にはいつも痛い目に遭わされているけど だけどやっぱり好きになるのはいつもB型ばかりなの、等というこれ以上にないほど低俗で安っぽい話ーーを繰り広げていて、だから このひとはいつか安っぽい幸福を掴むのだろうとは思うけれども、そんな安っぽい話は一生かけてもわたしにとってはどうだっていい、つまり 知らないひとと飲む行為はとても疲れる。好きだと思えるひともいたけど、とても疲れた。この飲み会は 21時半という驚異的に早い時間でお開きになる。

そのまま代々木八幡へ。サークルの先輩夫婦の家に仲間が集まっているというので。山手通りと井の頭通りが交わるあの四差路の陸橋のところに立つと、いつも死んでしまいそうに寂しくなる。道に迷ったわたしに、まこっちゃんが迎えに来てくれた。先輩の家は、白くて美しくてとても素敵。へんに豪華すぎない、遠すぎない贅沢と裕福がある。みんなは既に食事を終えていて、リビングのソファに集まってシャブリを飲みつつ、テーブルの上の果物やチョコレートを摘まんで、物凄く悪いことの話をしていた。食べ散らかされた巨峰や西瓜が、まるでセザンヌ静物画のようだ。さっきまでの飲み会が、とても貧しくて善良な種類のものなら、ここはとても裕福で悪い場所であるような気がした。血液型の話なんかするひとは いない、つまらない自己紹介なんかも 永久に要らない、何処に行っても居心地が悪い自分にとって、いつの間にか「居てもいい」と思えるようになったはじめての場所。それにしても、悪い話ばかりをしている。皆は朝まで呑んでいる勢いだったけど、品行方正なわたしは1時にはちゃんとお暇する。ハイヒール、一度脱ぐと二度と履けないくらい足が浮腫んでた。