だいじょうぶ、嵐は来ない

月曜恒例のミーティングと原稿書き、午後は役員のアテンド3件、資料の作成&海外メディア170社分のセッティングと、月曜からひとり 大忙しの一日だった。そのクソ忙しいさなか、社長が部署にやってくると、わたしに無理矢理お茶を淹れるよう強要し、手伝わないのに何故か給湯室までヒタっと張り付いて付いてきて、出来上がったお茶を唐突に強奪して社長の元へ運んでいくUB(うざすぎるババア)の後姿を見ながら、こいつはほんとうに今すぐ消えてなくなれば良いのに、と希求した。このひとのことを 消滅しろ、と願ってやまないわたし自身を、わたしは死んでも反省しない。

40何歳だかのUBが、美人女性だったり、おしゃれだったり、素敵なご主人と娘を持った奥様だったら、少しは恨んだり悔しがったりできると思う、年増のきれいな女なら 若い女に競争心を持つことだってみっともないけど許されるのだし、年増のきれいな女と 美人でも不美人でもない若い女なら、なんだかほとんど対等の存在のようだとも考えることはできるのだから。

けれどもUBは 何をするにも自分の利益ばかりを考えていて、おてもやんのようで、顔だけが粉みたいに白くて、腕の剛毛を隠そうともしないで、ストレートパーマをあてているのに髪がゴワゴワに捻くれていて、西新商店街洋品店で売っているような服を着用した女のひとなので、なんだかこういうとき、わたしは黙ってお茶のお盆を奪われるままになってしまう。社長はお茶を持ってきたくらいで わたしのことも 誰のことも優遇したりしないのに、たかがお茶のひとつで息巻いているUBが、ひどくかわいそうなので。このお茶さえもわたしのものにしてしまうことが、とてもかわいそうになる。かわいそうだけど、同時に 消えてなくなってしまえ、とわたしは思う。それでもやはり、彼女からお茶を奪い返すのは、あまりにもあまりにもかわいそうなことなのだ。

まるみちゃんの病状は相変わらず何ひとつ伝えられて来ない。伝書鳩は飛んで来ない。大切なものが足りない世界に生きているのが、わたしはたまらなく嫌だ。うるさいことも嫌。無駄も嫌。ねっころがって遊ぶときでも、わたしは真剣にねっころがりたい。

台風が来るって 何処に?東京の空に?雨はふつうの雨の日のように降ったり止んだりし続けるけど、風も 急速な雲の流れも 雷も嵐も何もない。

悲惨な月曜日のようだったけど、好きだと思える時間もあった。台風を恐れて 家が遠い者からどんどんと帰宅してしまった午後6時、ひとりで海外へ送る封筒にペタペタとラベリングし、封入していると、6月に配属されたばかりの新入社員がやってきて「手伝います!」などと親切なことを云う。ふたりで向かい合わせに座って、ジャーマニー、イタリー、チェコ、ベルギーとか言いながら、住んでいる街のことや 音楽のことをペチャクチャとお喋りしていたら、急に「雪さん、ちょっと聞いてもらっていいですか?実は前の彼女のことなんですけど・・」とか云って、しごと中で上司もまだまだ沢山いるのに、相手は唐突に自ら恋愛話を語りだしたのだった。彼は うちの部署にいる唯一の若い男の子なので、みんな面白がって 恋愛話を聞き出そうとするのだけど、頑として口を割らない。何を聞いても、いやいやいやいやいや、昔も今もそういうのは全然ないです、と答えるだけだったそうなので、部署の女はみんな「彼はチェリーボーイなんじゃない?きっと!」「もしかしたらゲイだったりして」「イヤダー!」などと ニヤニヤ面白そうに噂していたのであった。まさかそんな話を信じていたわけでもなかったけれども、そういうふうに聞いていたので、まさか 今日はじめて挨拶以外の世間話をしたわたしに向かって、唐突に恋愛話を振ってくるとは露ほども予想できず「ほらね、どう考えたってこのひとだって普通のひとじゃん」と思ったけれども、彼は多分 唯一まともな人間に、ちょっと自分の話をしてみたかったのだ、とわたしは感じて、この狂った世界の中で 今はまだもっともまっさらに近い人間に、まっさらなひととしてちゃんと嗅ぎ分けられてもらえたような気がして、それは 単純にうれしかった。わたしも、例えどんなに狂った職場であっても、時々はほんとうのことだけを話したくなる。

肝心の話の中身と云うと、前の彼女が イギリス旅行に行きたいと言ったから、彼女に内緒で旅行資金を貯めようと朝となく夜となくアルバイトに没頭していたら、彼女に最近ちっとも構ってくれない、もうわたしのこと好きじゃないのね、と勘違いして振られてしまった、残ったものはアルバイト代の大金だけ、とかいう まったくよくありそうな話だったので、「愚かだね」とだけ答えたら、「・・・いや、愚かでしたよ!」と新入社員は言葉を返し、ふたりで アハハハハハ、と 短く笑った。

台風で会議がなくなったWRが珍しくわたしより先に帰宅していた。ご飯を炊いて、美味しそうなお刺身やお豆腐を買って帰ってくれている。ありがとう。いただきます、と云うときは いつも同時にまるみちゃんの無事をお祈りすることになっている。政治が変わって、ニュースショーに呼ばれるひとたちの顔ぶれも様変わりした。民主党は与党になった途端に皆、息苦しそうに宙に漂う言葉を探し、自民党は 積年の呪縛から晴れて解き放たれたかのように、相手の矛盾を攻めてゆく。どんなときでも批判する側のほうが楽であるのは確かなのだから、お芝居だけで終わらないなら、絶えず攻守が交替しつづけるほうが物語として優れているのかもしれない。8月が終わる。まるで9月のような、8月の終わり。