イボコロリ失くした

随分前、半年か1年か2年か前から、左足の小指の裏に 小さなマメができるようになって、それは恐らく新しいヒールを下ろしたか何かがきっかけとなって出来てしまったよくありがちなマメなのだけど、それ以来 どんな靴に履き替えても、治りかけてはまたマメになり、治りかけてはまたマメになり、治らない。左足の小指の裏の同じ部位から ずっとマメが消えてくれない。マメと云っても出来立ての靴擦れのような水を含んだ柔らかいマメではなくて、単にその部分だけ角質が白く硬くなってしまったマメなので、痛みなどもまったくない。だから、お風呂に入ったとき 時々角質取りで削るなどするだけで、もう長いこと 特に気にも留めないでいた。共存していた。しかし、一週間前にまた角質取りでマメを削っているときに ふと、「これはもしかすると、魚の目と云われるものではないかしら」と、豆電球がパッと点るように 気がつき、薬局で魚の目パッドを購入した。


魚の目パッドには、サリチル酸が50パーセント配合してある。患部に貼り続けることによって、薬剤が角質に浸透して、魚の目の原因である角質の下に出来てしまった「芯」を除去できるという。今まで 漠然としか知識しかなかったけれども、マメやイボと呼ばれるものと、魚の目との唯一にして決定的な違いは、角質の下の「芯」の有無であるらしい。漠然としている。わたしの左足の小指の裏の場合、痛みはないものの 何度角質を削りとっても再発するということは、きっとその下に「芯」が潜んでいたからなのか、ならばこれは魚の目だ、間違いない、それで魚の目パッドを購入した。説明書には、薬剤を充分に浸透させる為に 最低でも4日間は貼り続けて下さい、とある。4日間一度もパッドを剥がさずに同じものを貼り続けるのか、それとも新しい魚の目パッドに取り替えながら 96時間連続的に貼り続けるのか、説明書をどれだけ熟読しても 判然としない。魚の目パッドは、1箱に10枚入っている。この10枚という枚数から推察しようと思っても、どちらともとれる枚数なのでやはりよくわからない。よくわからないまま、とりあえず魚の目パッドを装着したままお風呂に入り、一晩眠ってみたけれど、魚の目パッドは通常の絆創膏と比べてもかなり粘着力が強いらしく、翌日になっても剥がれそうになる形跡はない。その代わり、ソックスの糸くずや 靴の中の細かい埃が粘着面に付着して、わたしの左足の小指の魚の目パッドを巻いたところは、この部分だけ戦禍から逃れてきたひとかのようにズタボロに見える。ズタボロだし、パッドの圧迫で左足の小指の健康な皮膚の部分までなんだか皮膚が荒れてきて小汚くなってきている、ので 1日半に1度くらいの割合で遠慮がちにパッドを取り替えることにした。パッドを剥がすと、かつては凡庸なマメであった部分に、衝撃の変化が。まるでヒマラヤの雪のように、白く渦高く盛り上がっている。サリチル酸凄い。サリエリのことを思い出す。モーツァルトに嫉妬したひと。身体の形状変化を観察するのは、まるで他人事のような面白さとスリルがある。



それで、もう一週間くらい、3、4回はパッドを新調しながら魚の目パッドを装着し続けている。患部は、最高潮にファンキーな盛り上がりを見せているものの、「芯」がコロリと取れる気は まだ全然しない。そしてやはり、こんなふうにパッドで皮膚を覆い続けているのは衛生上良くない気がするので、このあたりでパッドはやめて、液状のサリチル酸を導入してみようと思い立った。思い立ったのは朝の通勤途中のことで、しかし早朝8時半に薬局は開いていないので、地下鉄の乗り換え通路にある キオスクのようなマツキヨに立ち寄り、「イボコロリ」を購入した。キオスクのようなマツキヨなので、大型店舗のような安売りでもなく、まったくの定価だったけど、今すぐ欲しかったので仕方がない。そのまま会社のトイレで「イボコロリ」の外箱を開け、箱を捨て、いつでも患部に塗布できるようにスタンバイしたことまでは覚えている。説明書も あとでゆっくり読もう、と思って大事に鞄にしまった記憶がある。しかし、そのあとトイレの洗面所に同僚が入ってきて、朝の挨拶やお喋りに突入した為、「イボコロリ」のことを それ以降コロリと忘れてしまった。夜、帰宅して眠る寸前に気がついた。



イボコロリがない!千円も したのに!」



会社の洗面所に置き忘れたのだろうか?でも、朝から何度もトイレに行ったけど、そんな忘れ物なかったし、バッグの中にももちろんない。化粧ポーチの中にも、お洋服のポッケの中にももちろんない。ない。ない。ない。ない。イボコロリがない。まだ一度もつかってないのに。早く会社に行って、デスクの引き出し中をひっくり返して探したい。わたしは、昔からよく 家の中で買ってきたものを失くすのだ。買い物袋や包装紙を捨てるついでに、ぼーっとしていて肝心の商品まで捨ててしまったことが何度もある。今回も、外箱と一緒に、会社のトイレのゴミ箱に 捨ててしまったのかもしれない。総務部の落し物係に届出をしたら、全社一斉メールで「イボコロリ(未使用)落としました Japan Tokyo 雪」と全世界の社員に発表されてしまうから、それだけはできない。


失意の中、「イボコロリ」をキーワードにネットの海を漂い、イボコロリの製造元である横山製薬株式会社のサイトを熟読。

http://www.ibokorori.com/products/ibokoro.html


すごいニッチで手堅い会社。本社は明石にあるようだ。明石の名物といえばタコだけど…偶然?それにしても 殆どイボコロリ関係のクスリしかない…と思って見ていると、ジーザス!「ウオノメコロリ」なる商品が 何食わぬ顔で陳列されている。イボコロリの効能は「魚の目、タコ、イボ」。効能の筆頭に上がっているので、イボコロリで充分であることは理性では理解できるけれども、魚の目のみに特化した商品があるなんて、こちらを使ったほうが よっぽど一網打尽ではないか。どうせもう「イボコロリ」見つからないから 明日「ウオノメコロリ」買おう。


“ドクターの研究室”というコーナーにある体験談が、何故か両方とも同じ文体でとても良い。近藤幸子さんの体験談のタイトルも良い。

http://www.ibokorori.com/heya/doctor.html